小説4

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或る日の夕方、翔太は、町はずれのレンガ造りの立派な文化センターに来ていた。歌を勉強している音楽の先生が文化センターで歌うのだ。先生は音楽の時間の最後に、もし時間があったら来てね。と言っていた。先生は若く、美人というほどでもないが、さっぱりとした顔をしていて、生徒に人気があった。今日一緒に来た”まっちゃん”もファンの一人だ。折角だし言ってやろうぜ、大人びた言いぶりだが、先生に好意があるのはすぐに分かった。まっちゃんは翔太よりも大人びていて、恋愛というものをサラッと言ってしまう小学生には珍しいタイプだった。小学生の男子にとって恋愛はこそばゆいもの以外のなにものでもない。ちょっと事件を起こしてしまった翔太だったが、周囲の人に恋愛話など決してできない。特に親族のおばちゃんから、好きな子でもできた?などと聞かれるのがなによりも恥ずかしく、苦痛で、そういったデリカシーの無いことを聞いてくる人に嫌悪感を覚えた。

翔太は音楽を聴きに行くようなタイプではなかった。山でカブトムシをとったり、川でサワガニをとったり、ラジコンをしたり、全くもって女性に近づくような活動、いや所謂社交的な活動をしないたちだった。だからまっちゃんの誘いも当然断るかと思いきやそうはしなかった。どうも伝え聞くところによると彩花も来るとのことである。まっちゃんが彩花たちも来るらしいぜ、ほんとにうっとうしいよな。というのを聞き、本当にうっとうしいよな。と返した。自分で言っていて、おもしろくなるくらい、回答と脳の中は全く逆だった。学校の外で彩花にあえるだけで、嬉しくてしょうがないのに、夜に彼女を会える機会がある。翔太の想像は膨らんだ。といってもたまたまちょっと一言だけおしゃべりするとか、何か事故(地震とか)が起こって、二人で決死のサバイバルをするとか。そんなことを想像しだすと翔太は夜も眠れなくなった。

地震で崩落が始まるホール、落下物をよけ、翔太はそのときばかりは恥ずかしさを捨て、身を挺して彩花を守る。翔太は倒れていた彩花の上に覆いかぶさる。落下物は翔太の背中を打ち、うっと翔太は声を漏らす。翔太は彩花の顔を見つめていた。大丈夫?翔太くん。名前を呼んでもらえた、そして彩花はその美しい瞳で翔太を見つめている。美しい瞳は少しうるんでいた、かわいらしいえくぼが見えた。周囲から声は聞こえない。皆死んでしまったのだろうか。逃げよう彩花ちゃん。翔太は彩花の手をぐっとつかんで起こした。手の柔らかさが伝わってきた。惨劇の渦中にも関わらず、周囲は白い美しい天国にいるかのようだ。手をつないで走り出す二人。彩花ちゃん、逃げよう安全なところまで。うん翔太くん。従順にしたがってくれる彩花がいとおしくてたまらなかった。このままずっと二人でいたい。ずっと。周囲はより白くなっていった、翔太は涙を流しながら目を覚ました。家のカーテンをお父さんが開けていて、夜明けとともに寝室はまぶしいほどの光に包まれていた。

目が覚めたあとも翔太は余韻に浸っていた。勿論、とても残念な瞬間であったものの、夢の中とはいえ、彩花と手をつなげたのだ、名前を呼んでもらえたのだ。翔太は本当に彩花のとりこになっているのを痛感する以外になかったのだ。

文化センターについてから、彩花がいると思うだけで、翔太は緊張した。受付で彼女をちらっと見かけたが、予想外にロビーは混んでおり、しかも彩花とは席はずいぶん離れているようである。席についてから見渡しても彩花を見つけることはできなかった。開演すると先生がでてきたが、そんなことは翔太にはどうでもよかった。先生は肩を出した魅力的なドレスで歌を歌った。確かにいつもの私服の先生とは違う、多くの男子は先生のことを綺麗だとおもうのだろう。でも翔太にはどうでもよかった。

翔太の頭の中は違うことでいっぱいだった。受付で見かけた彩花の姿が何度も思い出された。彼女はよそ行きのかわいらしくて清楚な服をきて、小学校でみるよりずっと大人びてずっと綺麗だった。まるではるか遠いところにいる人に翔太からはみえた。翔太は自分が着ている服をみた。自分が着ているのはたるんだスウェットで、膝は体育の時間に穴が開いたのを母さんが継ぎあてして直した跡がめだっていた。翔太は急に恥ずかしくなり、膝の上に手を置き、継ぎはぎをした部位を隠した。誰が見ているわけでもないのに。また彼女の姿が頭にでてきた。彼女のことを思い出せばだすほど、みすぼらしい自分との差をどうしていいのか。泣きたくなるほどみじめな気分が翔太を支配していた。

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