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小説:彼女の瞳に映る世界(1)

11歳の少年、翔太は、学校の廊下を歩くたびに心臓がドキドキしていた。彼の目の前に現れるのは、同じクラスの美少女、彩花だった。彩花は頭が良く、目がとても綺麗で、その瞳に映る世界はまるで魔法のようだった。彼女の肩まである髪は美しい黒髪で、優しくて思いやりがあり、時折ちょっと意地悪な感じでふざけることもあった。

翔太は内気で、他の元気な男子のように彩花に声をかけるようなことはできなかった。彼女は人気者で恋愛など程遠い小学校内でも、周囲の男子から気さくに声をかけられることがあった。翔太はまじめで、勉強は得意だったが、運動は苦手で、周囲の子からバカにされることもあった。それでも、彼は彩花のことが大好きだった。小学校2年頃からだろうか、彼は彼女のとりこになっていた。彼女がえくぼができる笑顔でほほ笑んでくれる映像が頭から離れなった。教室であろうが、街中だろうが、彼女とすれ違うたびに、心臓が跳ね上がり、言葉が出なくなってしまう。ドキドキという言葉は少し足らないように感じた、彼にとっては胸が締め付けられ、ちょっと痛くなるほどの感じだった。ただそれは暴力を受けたり、やな思いをしたのとは全く違っていて、あとで思い出しても、またあの状態になりたいと思うような不思議なものだった。

ある日の放課後、翔太はいつものように街を歩いていた。そんなことは、一年に一回ぐらいしかないのだが、彼は彩花に会えないかと期待しながら、街を歩くことがあった。なんとなくこの辺にいるかもという淡い期待を抱きながら。例えば彼女が合奏コンクールでピアノ演奏することもあったから、楽器屋さんの前を通るとドキドキした。苗字が一緒の家の前を通るときも、ひょっとしたらこの家は彼女の親戚で、たまたま今日は彼女が遊びにきているのではないか。とありえない想像をしながら歩いた。しかしそれは彼にとって、全く無害でありながら、とても幸せな時間だった。ただいつもそんな時間は終わり、帰らなければならない時間になってしまう。帰路に就くとき翔太はとても寂しかった。例えば本気で帰りに魚屋にいくよりも大量の魚を持って帰れると思っている釣り人はいないだろう。楽しい時間が過ごせたのだからいいではないか。とは思えなかった。家に帰れば優しい家族がいるが、そこはこの世界に比べるとても退屈で、何か自分が終わってしまうような陰鬱な気分になった。

ただ今日は違っていた。向こうから彩花が歩いてくるのが見えた。頭から血の気が引き、ホラー映画でもみるように硬直した。年に一回しかない機会が来たらしい。歯を食いしばっていた。彼女はいつも一緒に歩いている二人の友達と一緒に笑いながら話していた。翔太は一瞬立ち止まり、どうしようかと迷ったが、結局そのまま歩き続けた。ドクドクと心臓の鼓動が自分でも聞こえるようだった。もう少し、もう少しですれ違う、どうする・・どうする・・・翔太の頭の中はぐるぐると回った。翔太はわざとうつむき気味に歩いていたが、ちらっと目線を上げ彼女たちを見た。一瞬、彩花と目があった。彼女は笑っていなかった。ちょっと怪訝そうな顔つきをしたが、こちらに気づいたのか少しだけ優しそうな眼をした。翔太はすぐに目を伏せ、気付かないふりをした。明らかに目が合ったのに。コツコツコツ自分の歩く音がこんなに大きく聞こえたことはなかった。この世のすべてから足音以外の音が聞こえなくなったようだ。あれ、翔太じゃない。すれ違ったあと、彩花の友達が聞こえるか聞こえないか程度の声で彩花に話しかけていた。残念ながら彩花の答えは聞こえなかった。通り過ぎたあと、ふ~と大きく息をした。その後とても幸せな感情が全身を支配した。ただその後すぐ、挨拶もできなかった自分への嫌悪感もわいてきた。二つの複雑な感情を抱きながら、家路についた。帰路、彼女の怪訝な顔と、少し安心した顔の二つが脳裏にやきついて離れなかった。

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